VPoE 不要論
VPoE はまだ必要でしょうか。エンジニアだけは特別に難しい人たちだから、専用のマネジメント構造が必要だ、という前提がまだあるでしょうか。
この記事では、エンジニアリング組織のアップデートの必要性と、逆に従来の構造が組織の自律的なアップデートを妨げてしまう可能性について、VPoE という役職を通じて考えてみます。
いわゆる VPoE
日本の IT 企業において、VPoE は多くの場合、エンジニアリング組織のマネジメント責任者です。
公開されているジョブディスクリプションを見ても、採用、育成、評価、組織設計、文化づくりが中心に置かれているケースが目立ちます。技術戦略や開発プロセス改善も含まれますが、実態としては EM のヘッドであり、エンジニア向けのピープルマネジメント責任者として設計されていることが多いように見えます。
それには一定の合理性がありました。「エンジニア採用」は難しく、開発組織の拡大には独特の痛みがありました。エンジニア職の評価やキャリア設計は、他職種と同じ枠組みでは扱いにくかったのだと思います。
技術の特別さ
いまは AI エージェントでコードが書けるようになりました。
コードを書くことは以前より安価になり、ツールやサービスに吸収されつつあります。多くの工数を必要とする作業、あるいは一部の熟練者だけが扱えた作業を、少人数のチームでも実行できるようになりました。
このような技術のコモディティ化は、AI 以前から断続的に起きていたことです。例えば、クラウドインフラ、ローコード、フレームワーク、マネージドサービス。そのように、専門性は徐々に道具の側へ移動していました。
それでも、あえてそれを問題視したいのは、2025 年から 2026 年にかけての変化の速度があまりに劇的だからです。
技術者の特別さ
エンジニアもコモディティ化したのでしょうか。いいえ、人間がコモディティ化するなど、そもそもナンセンスな話です。
作業の一部がツールに吸収されるほど、エンジニアはよりプロダクトや顧客、ビジネスそのものに近づいていきます。例えば、仕様を受け取って作る人ではなく、曖昧な問題を構造化し、作るべきものと作らないものを判断する人になっていきます。
その変化をみて、エンジニアの特別性が失われた、あるいはコモディティ化だ、そう思われるかもしれません。しかし、それはエンジニアの価値の低下ではなく、組織側の評価軸の老朽化を示しているにすぎません。
VPoE の特別さ
VPoE は、エンジニア専用の採用、評価、育成、組織づくりが必要だった時代に生まれた役職です。
しかし、前述のとおりエンジニア特有の事情が劇的に変化しました。(同時に、専門職のマネジメントというものは全社的な課題となりつつあります)
そのような環境下にもかかわらず、VPoE の役割がいまだ「エンジニア採用がうまい人」「エンジニアの評価制度を整えられる人」「エンジニアあるあるを丁寧に扱う人」に閉じているなら、それをいま見直すべきです。
現状維持の場合に大きな副作用が二つあります。一つはエンジニアが旧式の世界観に閉じ込められること。もう一つは、エンジニアリングの現場で起きている変化のリアルが経営に見えなくなるということです。
組織の「自律的」アップデート
問うべきなのは、VPoE を置くべきかどうかではありません。組織の自律的なアップデートを保護し、育て、成長を促せるように組織構造を再設計できるかということです。
変化の激しいときは、現場のリーダーと経営とが距離を縮めるべきだと思います。意思決定者は足元で起きているリアルタイムな変化の兆しにより多くの注意を払うべきです。
一方で、エンジニア専用の垂直組織は、組織もエンジニア自身も守れないレガシーになりつつあると思います。この VPoE 不要論はそのような組織構造への問題提起です。誤解の無いよう申し添えますが VPoE という役割を担う人を不要とする話ではありません。
最後までお読みいただきありがとうございました。