時間を無駄にしたという感覚
2026-03-30
時間を無駄にしたという感覚は、事後的に自分にクレームを入れている状態——手探りで進んだ「ラッキー探索」の結果です。
時間を無駄にしたという感覚
「時間を無駄にした」という感覚は、単純に「見積りより長くかかった」とか、「期待した成果が出なかった」といった話ではないように思います。むしろ、使った時間と得られた成果の釣り合いに「あとになって」納得できず、事後的に自分へクレームを入れている感じです。
- 使える時間の制約が無い
- 成果物のイメージも無い
そうして手探りで進んだ「ラッキー探索」の結果です。
時間枠(タイムボックス)は必要
成果物のイメージはどこまででも膨らみます。ですから、時間の制約のほうを先に扱うのが良いでしょう。ポモドーロテクニックやスクラムのスプリントのように、「まず時間枠を決める」という方式です。
それによって、漠然とした理想像ではなく、制約の内で十分な、そして具体的なイメージを描けるようになります。
クリエイティブな作業
その種のアプローチが当てはまりにくい性質の仕事もあります。探索や試行錯誤、寄り道も必要な種類の仕事です。
ただし、ここには落とし穴があります。あなたが対峙している仕事は、本当にそのような性質のものなのでしょうか?まだ決めたくないことを先送りするために、「創造性」を持ち出していないでしょうか。
そうしてしばしば逃げてしまうのは私です。大変お恥ずかしい限りです。
プロフェッショナルとして
「ラッキー探索」は、健全な仕事の仕方ではありません。クリエイティブな仕事と混同してもいけません。必要なのは、評価基準を「自主的に」設けて、途中で振り返りをしながら進むことです。
その基準に照らして「時間を無駄にした」と判断する場合なら、それは同時に学びでもあったと思うので、クレーマー的なものとは別のものでしょう。
まとめ
- ラッキー探索は効率が良くありません。
- 時間を無駄にしたと言うのは大体クレーマーです。
- 時間枠をうまく使うことが大事です。