「それ AI で」で会議を終わらせない
プロダクトづくりに AI を利用できるようになってから、「プロダクトをどう良くするか」という議論が、以前よりも早く打ち切られるようになったと感じます。Why を問わずに How に飛びついてしまう傾向は前々からありましたが、最近はそれが目立って悪化しています。
Why が消える瞬間
ソフトウェア開発チームが、自律的に高い品質を達成し続ける組織であるためには、Why を共有することが欠かせません。これは開発の方法論の文脈でも、企業の MVV の文脈でも、繰り返し語られていることです。
それにもかかわらず、最近のプロダクト議論では明らかな退行が起きているように思われます。How 先行が平然と見過ごされ、「AI でやる」という方向性だけで議論が終結してしまう感じです。
このとき、参加者は本当に腹落ちしているのでしょうか。何か大事なステップが、暗黙のうちに省略されている気がしてなりません。
AI 依存
AI をツールとして使うことの副作用、たとえば学習が浅くなることや、人と人とのコラボレーションが薄まること――それらは、ツールを使う個人としてすでに強く感じられているところです。
その副作用の副作用として、私たちは AI の効能に過剰な期待を寄せてしまうのでしょう。「AI でやるのだから、これ以上の議論は無駄なのだ」となんとなく感じてしまう。そうして、なんとなく、議論を打ち切っているのだと思います。
エコーチャンバー
開発現場は間違いなく、AI ベンダーの強烈なプロモーションと、SNS 上の反響の影響下にあります。開発者個人は将来への不安も感じているでしょう。このような環境下で、「いったん AI は横に置いておこう」と切り出すことは、想像よりずっと心理的なハードルが高いことです。
しかし、もし現場のリーダーとしてショートカットに危うさを感じたなら、それでも「立ち止まろう」と発言する必要があるでしょう。
問うことの価値
問うことに消極的になってしまう、これこそが AI のもっとも悪い副作用と言えるかもしれません。もっともらしい答えを高速に返してくれるツールを手に入れたとしても、問うことの価値、そして問いが次の問いを生んでいく連鎖の価値は、何ひとつ損なわれていません。私たちは Why を問い続けなければなりません。
繰り返しますが、問うことの価値とは、答えを得ることではなく、次の問いが生まれることです。この探求を続けることです。
おわりに
- 「AI でできる」で立ち止まってはいけない
- ときには、「いったん AI は横に置いておこう」と、リーダーが声をあげる必要がある
- プロダクト議論において、人間が「問う」ことの価値は変わっていない
- 答えを得ることより、「探求を続ける」ことに価値がある
最後までお読みいただきありがとうございました。