「人が足りない」という話
ご存じの通り、それが真の問題ではありません。
人さえ増やせば問題が解決する、そんなプロジェクトの「黄金時代」を迎えたことがありますか?「メンバーが足りない」「採用が追いつかないから開発が進まない」そのような声を聞くと、本当に人数不足が問題なのか、そもそも人数の問題にするのが適切なのか、という疑問が浮かびます。
「人がいれば解決する」という黄金時代の幻想
プロジェクトにおいて、人数を増やせばそのまま問題が解決し、アウトプットが線形に増えていく状態。それはプロジェクトにおける「黄金時代」です。やるべきことがすべて明確で、あとは量をこなすだけ。そんな「勝ち確定」のフェーズであれば、確かに人数不足こそが唯一の問題です。
ですが、その「黄金時代」を本当に体験できたことはあるでしょうか?それがめったに訪れない、ほぼ幻想であることはみなさんすでにご存じのことだと想像します。
抽象化を欠いた「やりたいことの羅列」
真の問題は、「やりたいことの羅列」から「あとは量をこなすだけ」への論理の飛躍です。本来その間にあるべき抽象化の作業がスキップされるために、「人数」という単位を使ってしかプロジェクトの停滞を表現できなくなっているのです。
- ナラティブの欠如:そのプロダクトが誰の、どんな課題を、どう解決するのかという一貫した「物語」が生まれていない。
- 技術的抽象の不足:どのような構造で実現すべきかという設計「思想」が不在。
人とプロダクトへの誠実さ
そもそも、単なる「頭数」としての期待を集まってくれる人々に寄せるとすれば、それは誠実さを欠いた行為ではないでしょうか。プロジェクトの完成とは単に量的な目標が満たされることではありません。ですから、そのような態度はプロダクトに対しても不誠実です。
何を作りたいのか、仲間に何を期待したいのか、そしてどんな「スパーク」を起こしたいのか、人とプロダクトとに誠実に向き合いつつ、大勝利を期待して、プロジェクトを推進していきたいものです。
おわりに
「人ならいくらでも手配するから言ってくれ」と言うマネージャーがいましたが、それは、「セオリー無視で協力する」のような激励に聞こえました。信頼関係があればそのような会話も成り立つかもしれませんが、これはまた文脈の違う話でした。